ISEKAI DARK FANTASY

STORY

――暁の来ない世界で、彼らは何を掴むのか。

World Character Novel
World

世界観

――暁の来ない世界で、少女達は愛し、憎み、殺し合う。

二つに分けられた世界。光の側に立つ人間と、闇の側に堕とされた魔族は、互いを憎み、殺し合う。その歪みはいつしか当たり前となり、世界の規律と化していた。分けられた二つは決して交わらず、ただ赤に染められてゆく。

人間を統べる光、勇者。その血族は、神の寵愛をその身に宿す者として、いつの世も世界を救う存在であり続けた。一方、死に魅入られた魔族の王――魔王もまた、神に選ばれ、世界が枯れ果てるまで生を喰らい続ける定めにあった。

Character

登場人物

サラ
勇者の娘 / 光
SARA
サラ

魔王討伐へ旅立った勇者の娘として、何一つ不自由なく育てられた少女。太陽のように暖かく、聡明で、家族を誰よりも大切に想う。父の帰還とともに迎えた義妹リンネに惹かれ、また実の妹のように慈しむが、穏やかな日々は少しずつ崩れてゆく。成長とともに勇者の加護を継ぎ、その身に眩い光を宿してゆく。

「またあの時のように、皆んなで笑い合って過ごしたい。家族として――」

リンネ
魔王の器 / 闇
RINNE
リンネ

記憶を失い、勇者の養子として館へ迎え入れられた白髪紅眼の少女。口数は少なく、感情を表に出すことも稀だが、その内には人ならざる「何か」が禍々しく燃えている。空っぽの自分を満たしてくれるサラに強く心を惹かれ、彼女のようになりたいと願う。だが、二人の間には決して交わることのない、決定的な違いが横たわっていた。

「私は、私の命を闇に灯す。……それでも貴女は、私と共に生きてくれるでしょうか?」

Novel

小説

光耀奪目 ~ Blind Faith
ーーー少女は、愛していた。 この世界の全てを、理を。 少女は、抗った。 自信の運命と、枷に。 少女達は、憎む。 愛したはずの世界で、愛していた全てをーーー ーーー二つに分けられた世界。 二つはお互いを憎み、殺し合う。 その歪みは今では当たり前になり、この世界の規律と化す。 分けられた二つは、決して交わることは無く、赤に染められてゆく─── 物心付いた時から、私は勇者の娘だった。 何一つ不自由無く、人間の英雄の子として育てられていた。 お父様は、私が生まれる前から魔王討伐の旅に出ていたから、出立する前の父親を私は知らない。 まるで小説の物語のような父の姿を、周りの人たちは語る。 私は、そんなお父様が誇らしく、同時にどこか遠い存在のように感じていたと思う。 ーーー私の歳が10を過ぎたその頃、やけに館の、街の人たちが騒がしくしていた。 聞けば、とうとうお父様が魔王を討伐したのだと。 王様への報告も終わり、この街に帰ってくるらしい。 私には母親は居ない。 私が生まれると同時に、亡くなってしまったらしい。 身の回りの世話をしてくれる人たちや、私に色々な事を教えてくれる先生達のことも愛している。 だけど、私は本当の血の繋がりのある家族を知らない。 嬉しさと、少しの気恥ずかしさを胸に抱き、絵本の中の主人公であるお父様に会える事に、心を躍らせた。 ーーー僕は、生まれた時から勇者だった。 剣を教わると、一月もしないうちに師匠を超えた。 魔法を唱えれば、この国の誰よりも強力な効果を生み出した。 僕の一族は、常にこの世界の勇者として"機能"してきた。 僕のお父様も、そのまたお父様も、例外に漏れず。 しかし、僕の人生には、不可能などない。 魔王を討伐する事すら、自分の人生の一つの過程としか捉えていない。 何故なら、僕はこの世界に愛されているのだから。 全ての神の寵愛をこの身に宿すものこそが、勇者なのだ。 だから、"この娘"を連れて帰った。 "この娘"を手中にする事で、この二つに分かれた世界は一つに出来る筈だ。 僕の仲間達は、僕の行動を諌めた。 だから、彼らを"切り捨てて"やった。 そうされても仕方ない。何故なら僕は"勇者"なのだからーーー 勇者一行が魔を退けたその日、人々は歓喜に沸いた。 生活を脅かされ、大切なものや人を殺され、そんな存在が居なくなったのだから当たり前だ。 しかし、勇者のパーティで戻ってこれたのは勇者と、謎の子供のみだった。 深くフードを被った白髪の少女は、只呆然と勇者の隣に佇んでいる。 王は厳かに、しかし歓喜を滲ませながら勇者へと問いかける。 「勇者よ、此度の魔王討伐よくぞ成し遂げた。人間の王として心からの感謝を表する……そして、勇者と共に戦い、美しくその命を散らした者どもに祈りを捧げよう」 勇者は、王に跪いたまま答える。 「有り難う御座います、陛下。無念にも私のみの帰還となりました事をお赦し下さい。彼らは良く働き、戦い、そして笑い合い私の心からの誇りでした」 勇者は、目に涙を浮かべる。 まるで演劇の一幕の様な、美しい様であった。 「……よい。彼らの葬いは、国を挙げて執り行おう。して、勇者よ。その隣の子供は何者であるか?」 白髪の少女は、変わらず呆然と佇む。 まるで自我や魂すら無いように。 「この娘は、魔族により滅ぼされた街の生き残りです。今は家族を失った悲しみからか言葉を発しませぬが、せめて私が救えなかった贖罪の為、連れ帰り養子に迎え入れたいと存じます」 その言葉を聞き、王や周りの貴族達は心から打ち震えている。 この世に、これ程までに高潔な魂を持った人間が居るのかと。 その人々を見やり、少女の瞳が一瞬だけ、紅く揺れた。 ーーー私が目覚めた時、全ては終わっていた。 目に写るは、赤を流しながら斃れている人間と、私自身。 ああ、そうか。 次は私の番なのだと、魂が理解をする。 死に魅入られた私達は、この世界が終わるまで死ぬ事はない。 人間達のように、生に愛され死ぬ事でその魂を溶かし、再び生を受ける事など無い。 私達の魂は、安息へ辿り着く事もなく、只々世界が枯れ果てるまで、生を喰らい続ける。 そんな私達死の住人を、彼ら人間は"魔族"と呼んだ。 そしてその王である私を、彼らは"魔王"と呼んだ。 終わることのない、次の出番が来るまで眠る為、私は"寝室"へ向かおうとした。 その時、人間の中の1人が私に声をかけた。 「……君が、次の魔王の器だね。しばらくここで待つつもりでいたが、こんなに早く発生するとはね」 太陽を思わせる金の髪に、大海のような青の瞳。 ああそうか、彼は先程まで"私だったもの"を斃した今回の人間の勇者か。 そして、次回私に斃される存在。 「やはり、その様子だと全てを認識しているようだね。僕がいくら本気を出しても、自分が斃されない事をわかっているんだろう?」 今回の勇者は、聞いてもいない事を勝手に喋ってくる。 正直言ってかなり鬱陶しい。 「……何か目的があるようだけれど、私は眠いの。貴方こそ、その言い方だと、この世界と、貴方自身の運命に気づいているのでしょう?それならば、私が次目覚めた時に十分相手してあげるから」 私は、踵を返し"寝室"に向かおうとする。 しかし、その道を塞がれた。 彼は、私に剣を向けその体に魔力を貯めている。 「ああ、君に言う通りだ。僕はこの世界にも、自分達の運命に気付いている。だから、君を連れ帰りその力を封じて、ルールを書き換えさせてもらうよ」 「……貴方、自分が何を言っているのか分かっているの?私達は神が作った"運命の奴隷"。奴隷が主人のルールを書き換えられる訳がないでしょう?そもそも、貴方の人間や仲間達が許す訳がない」 私は、余りにも哀れな今回の勇者に、ため息混じりに答える。 しかし、彼はにやりと笑い 「その通りだ。だから殺した。僕は誰よりもこの世界に愛されているんだ。だから、運命のまま死ぬなんて事は神がお許しになる筈が無い。邪魔をするものは、魔族も人間も関係ない」 呆れた。その様な事が出来る筈無いのに。 そんな事、"過去の私達"がいくらでも試している。 それでも、所詮奴隷の私達が神様達の喧嘩を仲裁なんて出来る訳がない。 「心配しなくていい。僕が全て上手くやる。それにしても、黒髪に紅き目……まるで僕の娘と正反対の見た目をしているね。"その時"が来るまで、娘と仲良くしてくれると嬉しいよ」 よく分からない事を宣いながら、彼は私に認識阻害の魔法を掛けたらしい。 消えゆく意識の中、瞼の裏に写るは、過去の、ただ流れてゆく赤の記憶。 少女の闇は、白く染め上げられてゆく。 その本質を、別のものに塗り替えるが如く。
街中が、国中が、人間全員が歓喜に溢れている。 魔王が倒れたその日から、連日お祭りの様な騒ぎが続いている。 魔王という統制を失えば、魔族達は二分された世界の"向こう側"へと帰ってゆく。 長らく続いた恐怖から解放された人々は、とても嬉しそうに、久々の笑顔を絶やさずにいた。 まるで、失った大切な人への悲しみを塗り潰すように。 ーーー予定よりかなり遅れて、お父様が帰って来た。 私が生まれるより前に、神託を受けて旅に出たお父様。 人々を救った、本物の勇者。 そして、私の本当の家族。 館の門が開けられ、白い馬に跨った人影がこちらへ向かってくる。 館のみんなは、おかえりなさいませ、と口々に労い、笑顔と涙を浮かべている。 嗚呼、この人がそうなのか。 まるで、本当にお話から飛び出して来たような、凛々しさと暖かさを感じる雰囲気の男性。 そして、私と同じ金髪と青い目。 「……お、おかえりなさいませ!お父様!」 ……しまった。今日のためにいっぱい練習して来たのに、噛んでしまった。 かちかちになりながら、なんとか精一杯のカーテシーを披露した。 先程噛んでしまったのも有り、恥ずかしくて顔を上げられないでいると、突然体が宙に浮いた。 「"サラ"!もしかして君は、サラかい!?いやあ、とても大きくなった!元気そうで何よりだ!」 私は、お父様に抱き上げられていた。 私の名前を連呼し、抱きしめられ、頭を撫でられた時 本当にこの人が私の父親なのだと、本当の家族なのだと 心から暖かくなり、嬉しさで泣いてしまっていた。 「……先程は、取り乱してしまい失礼しました……」 所変わって、談話室。 勇者の娘として、立派にお父様をお迎えする筈が、まるでそこらの子供のように泣きじゃくってしまった。 顔から火が出るほど恥ずかしい。 そんな私を見てお父様は笑い、優しく応えてくれた。 「あはは、そんなこと気にしなくていい。君は僕の娘なんだから、存分に甘えたらいいんだよ。それよりも、本当に長く家を空けてしまって、すまなかった」 「あ、謝らないで下さい!お父様は人々の為にご立派に戦い、見事魔王を打ち滅ぼしました…心から誇りに思います」 「有り難う。館のみんなも、僕の帰る場所をよく守ってくれた。この子の成長を見るとしっかりとそれが伝わるよ。そして、実は1人みんなに紹介したい子がいてね」 テーブルを囲み、団欒をしていると、お父様から突然の報告が上がった。 「"リンネ"、入って来なさい」 かちゃり、と談話室のドアが開けられ、1人の少女が入って来た。 見た所、年齢は私と同じぐらいだろうか。 フードを深く被っている為、顔はよく見えないが、美しい白髪が覗いている。 「紹介しよう、リンネは、魔族の被害に合った街の孤児でね…帰還の途中に出会い、養子として迎え入れる事にしたんだ。突然の報告になって驚かせてしまうかもしれないが、よろしく頼む。そしてサラ、血は繋がっていないが、君の妹になる子だ。仲良くしてあげて欲しい」 お父様は、そう私達に伝えながら、その子のフードを取る。 ーーー息を飲んだ。 まるで真冬の雪のような、長く美しい髪と、血の如く燃えるような紅の瞳。 同じ人間の筈が、まるでこの世のものとは思えない美しさだった。 少なくとも、私がこれまで見てきたどんなものよりも。 「……宜しく、お願いします」 彼女は、虚げな声で挨拶をする。 私は、それに返す事も出来ず、彼女の発する雰囲気に只圧倒されていた。 瞬間、彼女と目が合う。 その真紅の瞳が、一瞬だけ、禍々しく輝いたのは、きっと気のせいだろう。 ーーー私は誰だ。 勇者と名乗るこの人が言うには、魔族に滅ぼされた街の生き残りらしい。 何も思い出せないが、それはショックによる一時的なものだと、医者が判断していたからそうなのだろう。 しかし、この魂に宿る"何か"が、禍々しく燃えている。 曖昧なまま私は、勇者の館へと連れていかれる。 館の人々は、笑い合っている。 その人々の中、私の瞳は何かを探す。 その中の1人……何故か"見つけた"と思った。 勇者と同じ血を感じる少女。 私は、彼女の事を知っている。 誰だったかは思い出せないが、私にとってとても大切な人なのを心が教えてくれる。 どう大切なのかは、説明出来ないが。 談話室に呼ばれ、私はそこの人達と挨拶を交わす。 そこには、あの少女も居た。 彼女も、何か感じているのだろうか。 固まったまま、私を見つめている。 その大海の様な、美しい瞳と目が合った時、少しだけ、ほんの少しだけ 私が私である意味を、思い出した気がした。 ーーーお父様が帰って来て数年。 私達は、毎日勇者の娘として、鍛錬や勉強に忙しい日々を送っていた。 相変わらずリンネは、口数は少ないし、笑う事もあまり無い。 けど、家族に迎え入れられたばかりの頃より、随分と表情が変わるようになったと思う。 いや、正確にはそれを分かるのはいつも一緒にいる私だけのようなのだが。 使用人達には、少し気味悪がられているようだ。 その誤解を解きたくて、色々と行動しているのだが……中々難しい。 確かに彼女には、不思議な雰囲気がある。 それと、人には普通は有り得ない真っ赤に染まった瞳。 けれど、私はその瞳が美しいと思う。 目が合う度に、その赤に吸い込まそうになって、何故か心が安らぐのだ。 そして、お父様も相変わらず忙しくしているようだ。 何やら研究だとかで、しばらく家を空けたと思えば 今度は書斎に篭り切りになっている。 こんな事は思いたくないが、正直、今のお父様にはかつての、お伽話の主人公のような輝きは無い。 幼い私があの日見た、太陽よりも輝いて見えたかつてのお父様の姿は、もう無い。 しかし、私にとって大切な家族である事は変わりない。 最近はリンネとも、あまり言葉を交わしていないようだが 願わくば……いや、私が何とか頑張って、またあの時のように、皆んなで笑い合って過ごしたい。 家族として─── ───あれから、暫くの年月が経ったようだ。 私は、ここに来て色々な教育を受けていた。 あの時出会った少女は、随分と輝きを増した。 これも、勇者としての血筋故なのだろうか? 相変わらず、私の記憶は戻らないままだが、サラが成長すればする程、私はその存在に心惹かれていった。 何も無い空っぽの私の中に、少しずつ何かが満たされてゆくのを感じる。 この気持ちが何なのか。 それを知りたくて、私は彼女の様になりたいと、少しでも長く共に居たいと思うようになった。 私には無い、太陽のような暖かさ。 いつか、少しでも追い付く事が出来れば、私が私である理由を思い出せるだろうか? ーーーでも、少しも、一つとして同じにはなれなかった。 貴女のように、貴女に認められたくて頑張ってみてるけれど やはり私と貴女は、何かが決定的に違う。 ─── 私は、私の命を闇に灯す。 ガラスは砕け散る。 カケラに映る自分を見る。 そこには、血に濡れた真っ黒な闇。 それが私。 愛した貴女との世界は、二つに分かれる。 嗚呼、それでも貴女は私と共に生きてくれるでしょうか? 貴女の様に、人の世を照らす存在にはなれない、そんな私を、貴女は笑って赦してくれるでしょうか? ーーー穏やかに、しかし確実に、歯車にはヒビが入ってゆく。 かつての勇者は、輝きを失い 魔王の器を壊す為の力を再び取り戻す為 "無駄な行為"を繰り返す。 それが自身の死期を早めるとも知らず。 その一方でサラは勇者としての輝きを増してゆき、それと反比例して魔王の器は少しずつその命を放ち始める。 その歪な形は、運命という大きな流れに少しずつ削られて。 そして、"その時"は突然、しかし当たり前のように訪れた。
ーーーこんな筈じゃない。こんな筈じゃなかった。 生まれたばかりの魔王の器を手に入れ、僕の魔法により魔王としての成長を阻害、連れ帰り人の子として育てる。 僕の計画は思っていた通りに進んでいた。 後は、魔王の器を魂ごと書き換え、人間としての教育を施し、完全に人間に作り変えれば、全てが終わる筈だった。 魔王と勇者は同等の存在。 それぞれの神からの寵愛を受け、その身に神の奇跡を宿す存在。 なら、器に魔が満たされるその前に、供給を止めてしまえばいい。 そして、その器を満たす魔すらも、魔の為に存在する神の寵愛すらも、僕のものにしてしまえば─── 僕には、それだけの力と知識があった筈だ。 ───様々な情報を集め、精査していくうちに "唯一の真実"と"解決策"を見つけることが出来た。 魔王が目覚めつつあるのなら、その対となる勇者は? そう、器の成長に伴い、輝きを増すは僕の娘。 サラに、"僕のための加護"が切り替わり始めていたのだ。 僕を、僕たらしめる為の"神の加護" ───返せ、それは僕の力だ。 この世の誰よりも、僕は神に愛され、世界を変えるという大義があるんだ。 魔などない、人の世界を取り戻す為─── 僕は、眠っているサラの首に手をかける。 大丈夫だ、優しく聡明なこの子なら分かってくれる。 苦しむ事はない。 そうすれば、全ての力は僕に戻ってくる。 そして、目覚めかけの魔王を再び殺し 全てをやり直そう。 ───自分の手に、力を込める。 サラの顔が、苦痛に歪む。 「哀れね、堕ちたかつての勇者というのは。実に、見るに耐えないわ」 突如、背後から声をかけられる。 振り返ると、まるで、サラの寝室の暗闇の一部の様に、魔王の器はその姿をぼんやりと現す。 その血の様に紅い、悍ましい瞳を揺らして。 「辞めておきなさい。その子を苦しませるような事は、私が許さないわ」 魔王の器は、静かに近づく。 まるでワルツでも踊る様な、無駄の無い動きで。 「……僕が堕ちている?堕ちただと?はは、違うだろう」 嫌な冷や汗が頬を伝う。 「仮にそうだとして、そうだとしてだ。今の君の力では、僕に対抗する事など出来ない」 そうだ。その為に器を人として育てた。 人の世の力は、全て人の為のものだ。 技術も、知恵も、魔法も、空気や水に至るまで。 それを数年以上摂取した魔王の器は、器とは言えど そこらの魔物と、変わらない力しか有していない。 ───ましてや、目覚めるなど有り得ないのだ。 「そう?そうかもしれないわね。だから、私は少し、"やり方を工夫してみたの"」 ───人ならざる声がした。 有り得ない。有り得ない。有り得ない。 この"最悪の自体"だけは避ける為に 何重も、何年もかけて記憶の改竄や、魂そのものにも蓋をして その力を封印していたはずだ。 しかし、そんな僕の努力を、人間を、人々の神を嘲笑うかの様に 器は、腕を横に広げ、その身を十字の如く魅せ 顔一杯に裂けた口は、寒気のする紅が浮かんでいる。 そして、僕の認識阻害魔法の影響で、白く染まったその髪は まるで、日蝕のように、暗く黒く堕ちてゆく。 あの日出会ったあの時と同じ、いやそれ以上の 魔が、人類への、生命への最大の冒涜が、目の前に─── ───酷い夢を見ていた。 暖かいお父様の手は、冷たい血に塗れている。 可愛い妹のリンネは、私の知らない貴女になっている。 2人は、私にいつもと変わらぬ笑顔を向けている。 私は、2人に剣を向けていた─── ぼんやりとした意識の中、身体にかかる暖かい"何か"を感じ、目を覚ます。 「……これは」 手のひらにべとっ、と付いた、それは月の明かりを反射し赤に輝いている。 粘り気があって、少し鉄臭い。 私は、叫び出しそうになる声を押し殺し、その元を見やった。 「……あ、あ……サラ……」 「お父……様……?」 お父様の胸から、剣が伸びている。 それは、余りにも鮮やかに心臓を貫かれていた。 ───誰が?何のために?何故? 「ああ、サラ……御免なさいね、起こしてしまったかしら」 聞き覚えのある、声がする。 それは、いつもと変わらぬ優しい声で、私に話しかける。 「この男はね、哀れにも貴女に手をかけようとしたの……だから私はそれを止めるしかなかったの。そうしなければ、貴女が居なくなってしまうから」 聞き覚えのある声は、どこか興奮した様な 知っているはずなのに、知らない人の様な喋り方をしている。 「嗚呼、御免なさい。貴女の体を汚してしまったわ。全てが終わったら、またいつもの様に一緒にお風呂に入りましょう。次は、私が洗ってあげる番だったかしら?」 「……誰だ、お前は?お父様に、勇者に何をした」 脱力し、首を垂れているお父様の背後から、その声の主が顔を出す。 歪んだその笑顔から、息を呑むような美しい赤を浮かべながら。 「嫌だわ、サラ。私は私よ……状況は、先程説明した通りよ。賢い貴女なら分かるでしょう?それに、私が意味もなくこんな事する訳が無いでしょう?」 黒き影は、闇を落とし私に語りかける。 ───嗚呼、嘘だ。嫌だ。信じたくない。 愛している家族が、愛している家族を殺そうとしているとでもいうのか。 しかし、彼女に指摘された通り、私の頭は冷静にこの状況を把握してしまっていた。 何故だ。何故壊れてしまった。 どこから、誰が間違えていたのだろう。 私はただ、私達が最初に家族になったあの日のように あの時を取り戻したかっただけなのに。 お父様は壊れ、理由は今は分からないが、少なくとも私に加害しようとしたのだろう。 その事実は、私の首に沿えられたお父様自身の手、そして痛みがそれを告げる。 ───きっと、もう2度と、3人で笑い合う事は無いのだろう。 私が逡巡していると、不意にお父様がその口を開いた。 その命の最後を振り絞るかのように。 「サラ……ああ、サラ。聞いて、よく聞いてくれ」 胸から、口から、大切な生命が零れてゆく。 「リンネは、魔王の……いや、魔王そのものの」 そこまで言った瞬間、リンネが勢いよく引き抜いた剣で、お父様の首を体から離した。 お父様の身体から、赤い華が咲いた。 「あ、ああ……お父様……」 ───あははハハハはハハハはははッ!! 人とは思えぬ笑い声と共に リンネは、その身を焼く、禍々しい炎のような魔力を放出する。 ───私達が……私が育った館は、街は、人々は 彼女の炎に焼かれ、全ては焼き尽くされる。 祈りは堕ち、白は闇へ。 何もかも全てが無くなった、この場所で 私はただ1人、ただ呆然と、涙を流しながら 焼けた土に、積もる黒き羽と 見上げた空に、浮かぶ美しい闇を 見つめ、そのまま意識を手放した───
───あの悲劇から、どれだけの月が回ったのだろうか。 私は、全てを奪った魔王の器を探し続け旅をしている。 何もかも失った。 大切な人達、育った街。そして、大切な家族も。 今、人の世がどうなっているのか、人間の王がどうなっているのか それすらも私には分からない。 只、分かるのは 世界が混乱しているという事だ。 勇者の愚行により、壊されたこの世界。 "勇者"という、人間を統率していた光を信じられなくなった今 人々は、それぞれの「正義」の名の下 己の信じるものを打ち立て、反するものへ断罪をする。 そこには最早、魔王も勇者も無い。 人が人を殺し、積み上げられる屍 醜く歪んだ世界は、紅に染まってゆく。 焼き尽くされてゆくこの世界は、私の全てを捧げても 取り戻す事は出来ない程、混乱を極めていた。 「あんた、勇者だろう?その眼を見りゃわかる」 廃墟と化した、見知らぬ街で身体を休めていると、男が話しかけてきた。 「……勇者などではない。私は、私の為すべき事をやろうとしているだけだ」 「ああ、そうかよ!勇者様がおかしい事をしたから、俺たちの街は無くなっちまったんだよな!」 男は、怒気を孕んだ声で捲し立てる。 ───やめてくれ。それ以上、私に殺意を向けないでくれ。 「お前らが余計な事をしなければ、俺は故郷も、友達も、家族も失わなかったんだ。お前らさえいなければ───」 叫びながら、男は私に剣を向けた。 自然と、身体が動いた。 まるで、よく調節されたマリオネットの如く 私は、彼の胸を切り裂く。 ああ、ああ、違う。こんな事をしたい筈じゃないのに。 私の思いとは関係なく、"勇者に相対した"その一つのせいで その"世界の規律"から外れたせいで 彼に、断罪の剣を突き立てる。 ───これでもう、何度目だろう。 どれだけの人を、殺してしまったのだろう。 魔から人を救う為のこの命は、何のために存在しているのだろう。 ヒビ割れた地面の隙間を、血潮が満たしてゆく。 世界から取り残された私は、泣くことも出来ずに 当てもなく、"魔王の器"を探し 途方もなく、歩くことしか出来なくなっていた。 「……ごめんなさい」 ───私が斬った彼を、見遣り立ち尽くす。 そんな権利など、私には、私達にはどこにも無い
───目を覚ました時、雪が積もる、ある場所に私は居た。 朧げな意識の中、自分がして来た事を、思い出す。 あれから、探しても探してもリンネは見つからない。 雪に付いた私の足跡を、振り返る。 足跡に、血が付いている。 拭っても拭っても、取れることはない赤が。 どれだけの、血を流させたのか、流したのか、もうわからない。 私が、振り撒いた血は、白い雪を紅く染め、官能的に溶けてゆく。 ───静かな、暗い道。 暗いこの道をひとり、誰とも交わる事は無く 歩き続けている。 只々、私の中の"勇者としての本能"が その歩みを止める事を赦してはくれない。 揺らぎ、今にも倒れそうになるその脚を 運命が、杭を打ち付ける。 ───とうに感情は捨てた。 乾いた喉すらも気に留めない。 潤すことすら、許されない。 それでも、何故、まだ涙が頬を伝うのだろう? 私の中に焼き付いた、重ねた罪は もう誰からも、赦される事は無い。 ───でも何故だろう。 私を殺そうとし、この混乱の元凶となった、お父様。 輝く、暖かい光を、与えてくれた私の唯一の家族。 貴方の、かつて私を包んでくれた救いの手を 私は、1人、待ち続けていた。 ───久しぶりね、サラ。 どこからか、懐かしい声が聞こえた気がする。 ずっと探していた、ずっと想っていた。 そして、ずっと殺すべきだと思っていた。 そして、誰よりも、会いたくて愛していた貴女は あの時と変わらず、美しいままで 雪の降り積もる、見知らぬこの場所で 仇であり、愛した家族であり、今の私を動かす意味の貴女は 突然、私の前に現れた。 それはまるで、あの日から重ねた私の罪が、白い雪の上に焼き付くように 深い影を落とし、雪を焦がしていた。 その影に、私は縋り付くように、剣を抜いた───
───思えば、あの行動は間違いだったのかもしれない。 私は、人として生きる中で、唯一大切にしたかったあの子を 太陽の様に暖かいあの子の、笑顔を、守りたかっただけだった。 あの子が求めていたことは、結末は、こんな事ではなかったのでは無いのか。 ───きっと、私は人では無かったのだろう。 みんなが言っていた、勇者に似つかわしく無い、魔の存在ではないのかと。 人々が叫ぶ、勇者という光を滅ぼした悪魔だと。 それでも、何と言われようと、貴女の命が脅かされるのは、何故だか許せなかった。 でも、きっとそれは間違いだったのだろうと気付かされた。 私に剣を向けた貴女は、疲弊し切った顔で、憎しみの全てを私に向けていた。 ───それでも、それでもね、サラ。 私は、今の私の力は、貴女の横に並ぶ資格がある。 己を殺して隠した闇に浮かぶ仮面を 私は被り、人としての身を焦がしながらも この力を手に入れた。 嬉しいと、本気で思う。 あの日、見たあの光と、私は今対等に渡り合っている。 どう?今の私は、貴女のその美しい眼に、刻まれている事でしょう? リンネは、サラの右目に剣を突き立てた。 サラは、返す刀で、リンネの左目を切り裂く。 ───何故、貴女と戦っているんだろう。 何か、もっと解決策はあったはずなのに。 愛おしい妹は、私に殺意を向け、私もまた醜い殺意を貴女へ。 傷つけたくない貴女を、殺そうとする身体を、止める事が出来ない。 私は、ずっと貴女に、私には無い"何か"を見ていた。 貴女は、私の事を愛していなかったかもしれない。 それは、人ならざる者だからなのかもしれない。 それでも、私は、貴女に只今日を笑っていて欲しかったのに。 ───数刻、2人は剣を打ち合い しかし、運命は残酷にもその決着を付ける。 ───嗚呼、サラ。 貴女は、とても強い。 その力に惹かれて、私なりに頑張ってみたけど、やっぱりその光に追い付く事などできなかった。 私の胸を貫いた貴女の剣が、私の命を流してゆくのが分かる。 貴女の愛にも、身体にも 触れても見えぬ明日は、燃えてゆく。 「……ねえ、サラ」 「……何だ、魔王……」 やめて、そんな風に呼んで欲しく無い。 私には、私の大切な"名前"があるのに。 「いや……"リンネ"」 私の気持ちを察したのか、名前を呼んでくれた。 幸せな気持ちが私の心を満たす。 「……眼、御免なさいね……少し、触れてもいいかしら?」 私は、私が潰してしまった、貴女の右目に手を当てる。 私の残っている、魔力を空洞に流す。 私は、大好きなサラの右目に、私の右目を渡した。 「……眼が……何を……?」 「ふふ……これで、私は死んでも、貴女と共に世界を見る事が出来るわ……これからも、ずっと、一緒よ……」 ───二つの綺麗な海の片方は、違う色になってしまったけれど 似合っていると嬉しい。 嗚呼、それを確認する事が出来ないのが、とても悲しいけれど ───嗚呼、でも、感じる 夜明けが近いのかしら?暖かな、お日様の光を感じるわ。 私は、この光に溶け込むような感覚を感じながら、意識を解いてゆく。 私の心を満たすは、とても大きな幸福。 憎しみも、怒りも、寂しさも 今では、もう、何も───